今回のテーマは‶カサンドラ症候群〟について!
カサンドラ症候群とは、ASDがある人の家族や身近な人が、上手くコミュニケーションを取れないことから心身に異常をきたしてしまう二次障害のことを言います。しかし、この名称は正確なものではありません。
まだしっかりとした名称はついておらず、「カサンドラ情動剝奪障害」「カサンドラ愛情剥奪障害」などと呼ばれることもあります。
特に、ASDの夫と妻のあいだに起こりやすいと言われています。
以前はアスペルガー症候群の夫をもつ妻にカサンドラ症候群になる人が多いとされていました。(今ではアスペルガー症候群はASDに統合されたため、アスペルガー症候群とは呼びません。)
それでは、カサンドラ症候群とはどんなものか見ていきましょう。
■カサンドラ症候群~カサンドラの由来は?~
「カサンドラ」とは、ギリシャ神話に出てくる悲劇の預言者の神の名前です。
トロイアの女王だったカサンドラは、ある日神アポロンに予言の能力を与えられます。しかし、カサンドラは求愛してきたアポロンを拒否してしまうのです。
するとアポロンは‶カサンドラが予言をしても、それを誰も信じない〟という呪いをかけました。それが原因で、トロイアがギリシャ軍との闘いで敗れるきっかけ(トロイの木馬)をカサンドラが予言していたのにもかかわらず、誰も信じてくれませんでした。
その結果、敗れたカサンドラはギリシャ軍の総大将であるアガメムノン王の奴隷としてミケーネに連れていかれます。
そこで待ち受けていたのは「突然の死」でした。
アガメムノンを恨んでいた妻のクリュタイムネストラにより、カサンドラは殺されてしまったのです(彼女はこれをも予言していたと言われています)
理不尽なアポロンに、持つべきではなかった予言能力を与えられ、結果国は滅び、敵の妻に殺されてしまったカサンドラ。
ギリシャ神話に出てくるこの2人の関係が、ASDがある夫と妻の間におこる様々なトラブルにたとえられて、「カサンドラ症候群」という名称が生まれたのです。
妻が夫とのコミュニケーションの問題・苦痛を周囲の人に訴えても夫は周りから見れば「普通の人」ですから、なかなか辛さをわかってもらえません。
そして、妻は問題を一人で抱え込んでしまいます。このような症状を「カサンドラ症候群」というのです。
■カサンドラ症候群の症状・原因は?
カサンドラ症候群の症状には、身体的なものと精神的なものがあります。
例を挙げますと
・頭痛がする
・体重の増加または減少
・自己肯定感の低下
・パニック障害
・うつ病
・無気力
・自律神経失調症
などです。
ASDがある夫と妻の間では、夫婦間のコミュニケーションがうまくいかない、気持ちが伝わらない、子育ての不安や悩みを共有してもらえないなど妻の孤立感が高くなっていく傾向にあります。
夫との情緒的交流がうまくいかないことが、心身に影響を及ぼし、妻は抑うつ状態を引き起こしてしまうのです。
そしてその苦しみを周囲に相談してもなかなかとりあってもらえないという二重の苦しみの状態に陥ります。
誰に何を訴えても理解されない、分かってもらえない、そのような状態がまさに「カサンドラ状態」なのです。こういった状態をイギリスの心理学者、マクシー・アストンは「情動剥奪」と呼びました。
夫婦間の情緒的交流がうまくいかず、それが「剥奪された」状態であると示したのです。
一方ASDである夫は社会的に高い地位にあることも多く、外から見れば「良い夫」とされていることもあるので、外から見れば夫婦間でうまくいっていないとは思えないこともあります。
その為、周りから見れば「良い夫婦」だと思われがちな部分もあります。そういったことから、妻の訴えはあまり信じてもらえないのです。
妻がカサンドラ症候群の状態に陥った場合、そのまま放置しておくとうつ病など精神疾患を併発してしまうため要注意です。
さらに、このカサンドラ症候群は夫婦間のみでなく、職場関係や友人関係においても発生する場合もあります。
■カサンドラの妻とASDの夫~うまく気持ちを夫に伝えるには?~
今まで書いてきたことを読むと夫が悪いような感じに受け取られるかもしれませんが、ここで気を付けておきたいのは、ASDがある夫が悪いわけでも、カサンドラの妻だけが悪いわけでもない、という点です。
ASDがある夫も、良い夫婦関係を築きたいと思ってはいるのです。しかし、ASDの特性である‶コミュニケーションが苦手〟‶共感性を持ちにくい〟‶相手の気持ちを推察することが苦手〟といったことから、情緒的なコミュニケーションをとることが難しいのです。
しかし、夫も人間です。感情はあります。それを自分から発信するのが苦手、というだけです。
そのため、妻のほうは「こうしてくれたらもっと助かるのに」と思うことがあれば、‶言葉に出して〟‶感情的にならずに〟伝えていく必要があります。
なぜ「感情的にならずに」伝えることがいいかというと、ASDの夫は情緒的な性質をもった言葉を理解するのは苦手なため、‶単なる情報〟として無機質に伝える方が自分の中に入ってきやすいのです。
例えば、妻が夫の横に座ってつぶやくようにしてほしいことを言ってみたり、独り言のようにつぶやいてみたりしてみてください。
何の反応がなくても、夫の脳にはインプットされます。
そのため、その時には対応してくれなくても、少し時間が経った後にやってくれる可能性が高くなります。ASDの夫には「○○をしてほしい」と正面切って言うより‶単なる情報〟として伝えると‶自分が主体的に関わるべき目的〟として捉えることができます。
ASDがある人は無駄な動きや仕事、課題などは嫌いますし、相手から感情的にぶつけられたことは苦手としますが‶目的がある行動〟で‶無機質な情報〟であれば比較的、主体的に動いてくれることが多いのです。
そのため、あくまでも‶単なる情報〟としてやって欲しいこと等を伝えるのが効果的と言えます。
そして、妻は夫に「やってほしい」と思っていたことを夫が行ってくれた場合、喜びをきちんと伝えることが必要です。夫は直接「何をすれば妻が喜んでくれるか」を考えるのは苦手ですが、自分が行った行動によって妻が喜んでいる様子を見れば「あぁ、妻はこの様な行動をすると喜んでくれるんだな」と学習します。
それが夫自身が変わるきっかけになるかもしれません。
円滑なコミュニケーションをとるには、妻がまず夫のことを理解する必要があります。
★ASDの特性を理解して行動する★
何を言っても聞いてくれないからといって感情的に気持ちをぶつけても、ASDの夫には特性によって何故妻が怒っているのかということさえ理解できないこともあります。
そのため、感情的にならずに冷静に、つぶやくようにやってほしいことを伝える。
もし夫がその通りにやってくれたら、心から喜びを表す。そのようにしていけば、ASDの夫も‶何をすれば妻が喜ぶか〟‶家庭内での自分のやるべきことは何か〟‶場面ごとにどう対応したらいいか〟を理解し、学んでいける可能性が高いと思われます。
時間はかかるかもしれませんが、夫がコミュニケーションの取り方を学んでいくことによって、妻の孤立感の軽減にもつながるのではないでしょうか。
まずは、妻が手本となり、夫がそれを学習するまで、辛抱強く付き合っていく姿勢が大切です。
■カサンドラ症候群の妻とASDの夫、うまくやっていくには?
★自分についてしっかり理解する★
もしASDなどの発達障害が疑われる場合は、夫は発達障害の専門外来を受診するなどして、自己理解を深める必要があります。
自分の特性で悩んでいること等を専門医に相談し、それを軽減するにはどうしていったらいいかをともに考えていきます。
そこには妻も付き添いでついていくことをお勧めします。なぜなら、当事者である夫はその特性を「問題」として見ていない場合もあるからです。
妻から夫の気になる行動などについて専門医に相談することによって、アドバイスをもらえたり、場合によっては何らかの療法を行ってくれることでしょう。
そして、夫婦でASDの特性などについて自助グループや当事者会で学ぶ、というのもいいと思います。ASDの自助グループや当事者会、家族会も全国にありますので、そこで同じような悩みを持つ仲間と交流することも自分を知る第一歩となるでしょう。
夫の方は自己理解を深めながら、他人との関係を築くために自助グループなどで同じような悩みを持つ仲間とコミュニケーションの練習もかねて交流する。
このようなことを行っていくことで、自分自身の特性の問題を解決していき、妻とのQOL(生活の質)もあげることが目標です。
そのためには、夫婦で協力して特性を軽減するにはどうすればいいか、QOLを高めるにはどういった工夫が必要か一緒に考えていくことが大切だと思います。
★カサンドラ症候群の妻はどうしたらいい?★
カサンドラ症候群の妻が抱えている問題としては、夫との情緒的交流ができないこと、またそのようなことが理由で夫婦関係が上手くいっていなくてもなかなか周囲に理解されづらいことだと思います。
そういった事が続くと、自己肯定感が下がっている場合があります。
カサンドラ症候群の妻たちのあいだにも、自助グループは存在します。
そういったグループに参加することで「悩みを周囲に理解されずに悩んでいたのは私だけではなかったんだ」「自分の悩みを分かってくれる人がいる」という経験をすることによって、孤立感から解放され、カサンドラ症候群の症状の軽減にもつながるでしょう。
そして‶今まで一人で悩んでいたけれど、他にも同じ悩みを持つ人がいるのだ〟というのは安心感となったり、情報を共有することによって心強い仲間ができた喜びとなります。
また日々の生活での困りごとやストレスなどを自助グループなどで吐き出すことで、こころに溜まっていたモヤモヤを解決することもできます。
★夫が妻を理解することも必要★
夫も、妻がこういったカサンドラ症候群の自助グループに行くことを認めてほしいです。
「自分と良い関係を作るために妻も理解・努力しようとしてくれているんだ」
と考えて欲しいと思います。
■カサンドラ状態から抜け出すには
前述のように、カサンドラ症候群は「誰が悪い」と決めつけることはできません。
ASDの夫が悪いわけではありませんし、もちろん妻も悪くありません。しかし、行動を起こさなければカサンドラ症候群の妻たちはずっと独りで悩み続けることになります。
夫の心ない(夫に悪意はない場合が多いです)言動に傷つき、しかしそれを周りの誰にも理解してもらえないカサンドラ状態。
★大切なのは周囲の理解★
ここから妻を救うのは‶周囲の理解〟です。
その為にはASDの特性やカサンドラ症候群といった概念がもっと一般的になり、社会を構成する人々がそういった人たちを支援するシステムや受け皿、制度やサービスが必要となってきます。
ASDの特性などを周りが知っていれば、妻の「夫のASDによる言動に悩まされている」という訴えも「妻のわがままで訴えているのではない」と理解され、周囲から受け容れられることも増えると思います。
「ASD」という障害の特性や「カサンドラ症候群」という疾患を周りが知っておくだけで、当事者たちは何か困った事があればすぐ周囲に相談でき、今より‶生きやすい〟世の中になるでしょう。
ASDの夫、カサンドラの妻共に周囲の理解が得られることと、カサンドラ症候群の妻が独りで悩まずに済むよう支援の輪が広まっていくことを祈ります。
著者 もち猫
福祉系の大学卒業と同時に社会福祉士、精神保健福祉士資格取得。統合失調症。自分の体験談なども織り交ぜながら、主に福祉系のコラムの執筆を担当。